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天地真冬のチョコまつり

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 一月の終わり。生徒会は特に変わったこともなく、淡々と運営されていた。

「悪くないわね」

 ひつぎが一枚のメモ紙を机に置いた。目が少しばかり輝きを帯び始めている。

「何が書いてあったんですか」

 静久はあくまで事務的に尋ねる。

「調理室の使用許可申請よ」

「……それにしては、テンプレートから外れているようですが」

 メモ紙の切れ端は、一般的には生徒会への申請には使われないだろう。

「その通りね。見てみれば分かるわ」

 手渡されたメモ紙には、ボールペンで走り書きと言った方が適切な感じのメッセージが記されていた。

『天地学園生徒会長 天地ひつぎ様 バレンタインチョコ作りたいんでしばらく調理室使わせて下さい―― 中等部3年 久我 順』

 ……久我さんか。相変わらず自由な子だ。理解した静久はひつぎを見る。彼女は、もっと自由だ。

「許可するんですね」

 あるいは、条件付で許可するという可能性もあるが。ともかく、ひつぎの様子を見る限りでは何も無しじゃ終わらないだろうと静久には思えた。

「ええ。久我さんだけでなく、全ての剣待生に対して許可を出すつもりだわ。ついでに、材料等の調達のための外出許可も」

「なるほど。他には?」

 普通にチョコを作らせるだけでは済ませないだろう、

「……それだけよ?」

「え」

「普段は剣ばかり振るっている皆さんが、チョコ作りに狂喜乱舞したり東奔西走したり悪戦苦闘したり権謀術数を巡らせたりする様子を眺める。それだけでも十分楽しいのではないかしら?」

「納得しました」

 だから剣待生だけなんだろうな。それ以外の生徒にまで許可すると調理台が足りないというのも当然あるけど。

「それじゃあ、今度の月曜日に臨時の招集をかけておいて頂戴。題して……そうね。『大刃友チョコ』にしましょう」

 ……ネーミングの理不尽さには突っ込まないでおこう。

「昼休みでいいですね?」

「ええ、お願いね」

 ひつぎは椅子にもたれていた背を起こして、頬杖をつく。

 ぽーっとしているように見えて、楽しそうだ。

 何を考えているのやら。それは静久にだって分からない。

 

                    *

 

 昼休み。生徒会室に集められたのはひつぎと静久の他に、白服の四人。

「あれ、私は数には……」

「集められていないのに来ている人間は数に入れていないわ」

「ひつぎ様今日もひどいっ!」

 そういう帯刀は、どこか嬉しそうである。

 ……ある意味幸せそうだが、誰も羨まないだろう。

「で、あんたはまたどんなロクでもないことを考えたんだ」

 玲が吐き捨てるように言う。いつにも増して不機嫌そうなのは、たぶん星奪りとは全く関係ないのが明らかだからだろう。

「神門さん、話も聞かないうちから決めつけるのは感心しないわね」

「訂正しないってことはそうなんだな」

 玲が小さくため息をつく。

「そうね。実際、星奪りとはあまり関係なさそうだけど……どういうこと?」

「祈さんも焦らないでちょうだい。まずはお手元の資料を見て」

 紗枝が白い紙をめくると、白い紙の一番上に明朝体で打ち出されたタイトルが目に飛び込んできた。

『大刃友チョコ 〜天地真冬のチョコ祭り〜』

「やっぱりくだらねえじゃねえか」

 玲がかくん、とうなだれる。

「あら。刃友との絆を深め合う重要なイベントよ。それに、考えたのはわたくしではないわ」

「他に誰がこんなこと考えるってんだ……」

「中等部の久我さんよ」

「あー……アレか……」

 玲はすっかり頭を抱えてしまった。文句を言う気力も失せたというところだろう。

「話を進めてもいいかしら?」

「ファーック! ブラッドサッカー! バレンタインはブルジョワジーのイベントじゃねえか!」

 ひつぎの問いに、シドが中指を立てながら叫ぶ。

「答えになってねえよ」

 ナンシーはもはや呆れることもなく突っ込む。

「士道さん。言葉遣いはともかく、どうブルジョワジーなのかしら?」

「こっちはノーマネーでノーフューチャーなんだよ! ノートリアスなチョコ作れるのはお前らブルジョワだけじゃねーか!」

「……星奪りの賞金はどうしたの?」

 紗枝が尋ねる。

「生活費とコイツに消えちまったぜ! オレはアナーキーでサグライフなんだよ!」

 ベコベコとベースを滅茶苦茶にかき鳴らす。生活費という単語が、アナーキーという単語から微妙に隔たっている。

「なるほど、一理あるわね。最低限の予算はこちらで用意しましょう。ついでに安く材料を調達する手はずを整えておきましょう」

「会長、たまには話が分かるじゃねえか! ファンキーなホーリーシットをヴァイヴしてやんぜ!」

「それでは、他に質問がなければ話を進めるわ」

 ひつぎがあたりを見回すが、返事は特にない。シドのベースの音も止んでいた。

「えー、では内容の説明ですが、お渡しした資料に書いてあるとおり。来週の月曜日以降、二月十四日まで毎日、調理室を剣待生全体に開放します。時間帯は最後のページの付表にある通り――大いに刃友同士、あるいはそれ以外の剣待生同士でも友情を深め合って欲しいと思います。何か質問は?」

「あー。ここで剣待生限定にする意味ってあるんすか?」

 ナンシーが、一応、という感じで手を挙げながら質問する。

「全員だと多すぎるでしょ。刃友という制度があるのは剣待生だけだし――」

 ひつぎの答えに納得して、ナンシーが頷いて椅子に背を預ける。

「何より、面白い子が多いわ」

「バカってことか」

 今度はナンシーがうなだれた。

「あぁん? 誰がバカだって?」

「オメーとかだよ」

「ひでぇぜナンシー!」

 けだるそうに座ったままのナンシー。その両肩をシドが揺さぶる。

「あー、悪かった。悪かったから少し黙っとけ、お前は……」

 普段より幾分しつこいシドに、ナンシーが辟易しながら言う。そんな二人に構うこともなく、玲がまた口を開いた。

「高見の見物とはまたあんたらしい趣向だな」

「あら、そんなことはないわ。神門さん、資料をちゃんと読んでちょうだい」

「そうよ。玲、ここ読んで、ここ」

 紗枝が席を立ち、玲の傍に寄って書類に混ぜられた一文を指さす。玲の目線がその指先を追う。

『なお、白服の皆さんは全員参加とします』

「なんだよ、これ……ふおぉぅっ!?」

 不意に首筋を撫でられた玲が、肩をびくん、と大きく震わせて叫びと言った方が適切な悲鳴を挙げた。紗枝のもう片方の手が、後ろからさわさわと玲の素肌を撫でさすり続ける。

「あら、残念。女の子なんだし、もう少し可愛い声出せないの? きゃ、とかあぁん、とか」

「紗ー枝ー……」

 玲の右手に握り拳。まさか殴りはしないだろうが。

「なぁに?」

 紗枝が笑顔で聞き返す。

「混ぜっ返すなやー!」

 その拳で、派手に机を叩いた。

「玲、行儀悪いわよー」

「誰のせいだ誰の!」

「見せつけてくれるわね……私たちも」

 ひつぎが珍しく小さな声で言った。傍に立つ静久以外には聞こえていないだろう。

「ねえ、静久」

「は、はいっ!?」

 静久がうっすらと頬を紅くしているのは、何かを期待しているのだろう。

「ふふっ、呼んだだけよ」

「な……こほん。そうですか」

 静久がわざとらしい咳払いをして答えた。

「あのー、帰っていいっすか?」

 こっちのことが見えているかと聞くみたいに、ナンシーがひらひらと手を振る。

「続きをしましょう。それで、神門さんの質問は何だったの?」

「白服全員参加ってどういうことだ、っての」

 紗枝は既に席についていた。おかげで玲は一層不機嫌そうになっている。

「生徒会は生徒の模範。イベントにも積極的に参加するべきだわ」

「それとこれとは関係ねえだろ」

「そう? ああ……神門さん、とても料理が苦手だとか?」

「その手には乗らねぇぞ」

「それとも、ファンクラブの子が鬱陶しいから? でも、白服ならそれぐらい我慢すべきだわ」

「違う」

 玲が眉をひそめた。反論の言葉を必死に探している。

「じゃあ、どうして……ああ! 本当はとっても乙女なチョコを作ろうと思っていたけれど、見られるのが恥ずかしいのね!」

「……あー、やればいいんだろ、やれば!」

「玲、単純ねー」

「決まったわね」

「他の皆さんも異論はないわね」

「あー、まあいいんじゃねえの。要はチョコ作るんだろ」

「おう! ショコラよりスウィートなサクリファイスをキックしてやるぜっ!」

「……何語だアレ」

「さあ?」

 首を傾げた紗枝。

「他に質問は?」

「白服全員ってことは、お前も参加すんだろうな?」

「わたくしは……そうね。全員と書いた以上、例外ではないわね。静久」

「はい」

「期待して良いわよ」

「は、はい」

 今度こそ。静久は嬉しそうに頬を染めていたが、わざわざ指摘する者も特にいないのだった。

 帯刀はものすごい目で睨んでいたけれども。



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 1 白服会議