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蜂蜜と瞳子、あるいはハニトー

                    *

 

 乃梨子が薔薇の館の扉を開けた時、まだ他の人は誰も来ていなかった。お茶でも煎れられるように、とりあえずお湯を温めて待っていよう。

 やかんを火にかけ、その上に手をかざして暖を取る。

 何か他にやっておいた方が良いことは――ん?

 見覚えのないビニール袋がテーブルの上に置かれているのが目に留まった。早速中身を取り出して確認してみる――遠くから見た時はヤマト糊の大きい方みたいに見えたが、少し違うようだ。

 ラベルはなぜだか中国語。読む前に、蓋を開けて香りをかいでみる――ああ、蜂蜜か。

「なんで蜂蜜……?」

 ビニール袋の中を覗いてみると、蜂蜜の他にメモが入っていた。

『可愛い妹たちへ 中国土産です 仲良くするのに使ってね! 佐藤聖より』

「聖さまか……」

 じゃあ脈絡が無くても仕方がないかもしれない。

 その時、火にかけていたやかんが甲高い声で乃梨子を呼んだ。

 火を止めた後、魔法瓶にお湯を移し替えていると、後ろで扉の開く音がした。

「ごきげんよう。あら、今日は乃梨子だけなの……きゃあっ!」

「瞳子?」

 振り返ると、瞳子が尻餅をついていた。ビニール袋と蜂蜜が床に落ちている。

「何なのよ、これはっ」

 瞳子が蜂蜜を立ててテーブルの上に戻しながら、大きな声で文句を言う。

「瞳子、大丈夫? 蜂蜜ついてない?」

 近づいてみると、かなり盛大に蜂蜜が零れていた。

「ああ、蜂蜜だったのね。道理でベタベタするわ……」

「うわあ……ハンカチ貸すよ」

 瞳子の制服はもとより、髪や顔にまでかなり蜂蜜がかかっちゃってる。

「大丈夫よ、ありがとう」

 状況から察するに、ビニール袋で転びながら机を掴もうとしたところで、手が引っかかって蜂蜜を落としたらしい。

 おまけに蜂蜜のフタが完全に開いていたことも状況を悪くしている。

「いや……フタ閉め忘れたのもビニール落としたのも私だからさ。ごめんね」

「え……もう。気をつけてよ」

「うん。髪だけ拭いたげる」

 ティッシュを取り出して、縦ロールをなぞるように拭き取る。その途中、ふと妙ないたずら心が沸き起こる。

「瞳子の髪、おいしそう」

 立ちこめる蜂蜜の香りに包まれながら瞳子の髪を見ていると、段々甘いお菓子か何かに見えてくる。

「な、なに変なこと言いだすのっ!」

「本当に、だよ。食べちゃいたいくらい」

「……目が変よ」

 口では強がっていても、目が怯えている。そして、その怯えには少しばかりの期待が混ざってる。

「誰が変にしたの?」

 瞳子の髪についた蜂蜜を、舌で直接なめ取る。

「きゃ、髪舐めないでよ……汚いでしょ」

「ああ、確かにそうかも。ごめんね」

「乃梨子?」

 急に態度を変えた乃梨子を見て、瞳子は心細げな声を出す。

「ふふっ、安心して。やめないよ」

「そんなことっ……!}

「思ってないの?」

 瞳子が顔を真っ赤にしてうつむいた。ああもう、可愛いんだから――!

「こっちなら、汚くないよね?」

 顎に指を添え、俯いた顔を乃梨子の方に向かわせる。頬についた蜂蜜を吸い取るように、キスをする。

「や、やめっ……最初から、このために蜂蜜を?」

「それはないよ、本当に。聖さまからの差し入れだから」

「ん……じゃあ、偶然……」

「そ。だから、有効に使いたいの。瞳子も蜂蜜浴び損じゃ嫌でしょ?」

「だからって、こんな……」

「良いでしょ。そんな意地悪しないでよ」

 意地悪言ってるのは私か、なんて乃梨子は思いながら。

 何度も、何度も、瞳子の頬に口づけをする。蜂蜜が無くなっても、肌の感触だけで十分に甘い。

 パタパタと音がする。

「乃梨子、離し」「だめ。離さない」

 音の意味なんて考えもせずに、瞳子の口をまずは手で塞いだ。もう片方の手で、瞳子の体を抱き寄せる。

「んーっ……」

 それから、唇で唇をふさぐ。ずっと近い距離に、瞳子を感じている。これだけで、私たちには最高の――蜂蜜パーティ。

「ごきげんよう」

「え……志摩子さんっ!?」

 乃梨子が唇を離し、カクカクと機械めいた動きで振り返る。

「うふふ、どうかしたの? 見られて困ることでもしていたのかしら?」

 その後のことは――知らない。



    終。  




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 1 ハニトー!