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Only Shallow -DayBreakTown-

                    *

 

「それでは、解答用紙を一番後ろの人が集めて、前に持ってきてください」

 チャイムが鳴って、二学期の期末試験の初日が終わりを告げた。

 聖の席のまわりでは、思い思いにさっきまでの戦闘相手である世界史の答案に置いてきた心残りを確認しあう声が響いてる。今更何を言っても点が上がるわけじゃないとはいえ、間違ってるなら間違ってると分かった方が救われるってものではあるんだろう。

 聖自身に関して言うなら、分からない問題は深く考えずに答えてしまったので、もうどちらを選んで答えたのかがうろ覚えになっている。これが蓉子だったら、しっかり問題用紙に○をつけて残したりするんだろうな。

 さっきの試験問題を思い出す。

 十月革命と七月革命と二月革命のどれがどれかなんて、必ずしも重要なことじゃない気はするしどう答えたかも覚えちゃいない。だいたい、みんな革命を起こしたがりすぎだろう。

 いや、逆か。革命でもしないと歴史に残らないっていう話だ。

 考えてみれば革命ってそもそもなんなんだろうか。

 歴史上の革命と大富豪の革命と、ついでに黄薔薇革命なんかを例に取って共通点を探ってみれば分かるだろうか。

 今ある体勢の打破?

 ……でも結局見た目上は元の鞘に収まったりすることも多いんだけどもね。革命返しってわけだ。だけど、それは一度打破された体勢であるって時点で前のそれとは違ってるのかもしれない。

 にしても、歴史になんて残りたくないものだけどね。

「それでは全員分ありましたので、ホームルームまで待機しててね」

 時計を見れば、まだ午後にさえなっていない。

 試験期間というのも、そう悪くないものなんじゃないかと思う。午前で帰れる日が続くのは、普段と違う気分にしてくれるし、おまけに試験休みまでついてくる。

 まあ、試験自体はやはり幾分面倒なのだけれど。

 

                    *

 

 ホームルームが終わって廊下に出ると、廊下は生徒で溢れてた。楽しそうに固まってお喋りしてる子達の隙間を、帰る生徒達がするすると抜けていく。

 このまま真っ直ぐ帰ったら人混みに巻かれそうだな。それも悪くはないけど、少し時間をずらして行くか。

 この高等部において最もそれに適したスポットといえば――無論、薔薇の館であろう。

 薔薇の館の扉を開ける。一階はもとより、二階の部屋も冷え切っていた。今日は誰も来ていないようだし、無理もない。それでも、真っ直ぐ射しこむ真昼の光には、何の遠慮もためらいもない。

 後ろから陽のあたる席に陣取って、鞄を机に投げ出す。

 試験が終わればもうすぐクリスマス、か。

 去年のクリスマス前の試験休み。あのひりついた焦燥感だけは、痛いほどに思い出せるというのに、実際起きていた出来事はもうずっと昔のことみたいに思える。

 結局遠くに行ってしまった栞とは、もう何のやりとりもない。だけどあのまま二人で逃げたより、幸せな未来にいるだろうとは思う。そうじゃなきゃ、私も栞も救われない。

 今私がこの場所にいることに不満なんてない。

 ビスケットめいた扉の上を見つめながら思う。こうやって、薔薇の館に溶け込んで過ごしている自分なんて、一年前の自分に教えてあげたらどんな顔をするのやら。

 たぶん、途方もなく異質なものを見たような目で見られるんだろう。少しばかり奇妙な気分なのは、今だって変わらない。

 こんな風に日々を健やかな精神とやらで概ね過ごせているなんて、自分でも少し信じられないぐらいなんだから。

 だけど――栞が隣にいた未来も、ありえたんだろうな。

 私がもう少し、冷静だったなら。私がもう少し、賢かったなら。

 勿論そうなっていたとすれば、志摩子を妹にはできていない。だから、その方が良かったと言い切る気はないけれど、そのあり得た未来を思い出してみるぐらいは――したくなってしまうんだ。

 そうやって考えてみると、栞が今頃白薔薇のつぼみで。案外、志摩子を連れてきて妹にしているかもしれない。私と志摩子が同じものを求めてるのだからして、栞に志摩子が縋ってることだって、十分にありそうな話だ。

 そんな未来なら、この扉を開けて今すぐに栞と志摩子が現れたりしれなくて。

 ほら、丁度今足音が上がってきて――扉が開いて、嘘?

「栞!?」

 扉が開いて、思わず声をあげてしまったけれど。

「聖?」

 似ても似つかぬ姿の蓉子が、呆然と私を見ていた。 

「な、わけないやね」

 ……やっちゃったなあ。

「何しているの?」

「いや、人が多いから少し帰る時間をずらそうと思ってさ。そういう蓉子は?」

「え、と……私もよ」

 今の間が若干気になるけれど、それより話題を変えたいところだ。

「とりあえず座ったら? なんか飲み物用意しようか?」

 扉の前から蓉子が歩み出す。

「構わないわ」

 私の向かいの席にでも座る、かと思えば。

「ん?」

 私の座っているすぐ横まで歩いてきた。

「それで? 栞さんがどうしたっていうの」

 蓉子のそんな目は久しぶりに見た。

「いや、何て言うかなあ……夢を見ててね」

「嘘でしょう」

「あ、分かる?」

 蓉子にはだいたい見透かされてるんじゃないか。だったら、いっそ説明しなくても伝わってる気さえ少しばかりするのだけど。

「本当はね。考えてたんだ。栞が今もここにいる未来だったら、どうなったのかな、って……別に、今が不満なわけじゃないんだけどね」

「聖……ごめんなさい」

「え、どうして蓉子が謝るの?」

「だって、私がもっとしっかりしていたら、あんなことにならずに済んだのよ?」

 間違ってるわけじゃないけど。

「それこそ私がもう少し賢ければ良かった話でさ……蓉子は関係ないでしょう。気にしなくていいのに」

「関係ないなんて言わないでよ。そんな……そんな寂しいこと」

 そうだ。蓉子は――いつも、そんな風に、私が持っている重しまで肩代わりしようとして。それが、あたかも彼女の生き甲斐みたいに、さ。

「ごめん。分けたげる」

「え」

「こんな風に」

 私は立ち上がって、蓉子の唇を奪っていた。

 何を分けてあげるのかなんて、自分でもよく分からないけれど。

 唇で触れ合っている感覚は、少しばかりの革命だった。

「はぁ、聖……?」

 唇を離すと、蓉子が私の名を物欲しげに呼んだ。湧いてきた悪戯心のままに、私は喋る。

「この先も、しようか?」

「え……でも、私は、んっ……」

 目を伏せて、消え入りそうな声で喋る蓉子。

 そんな様子はすごく可愛らしいんだけど、流石に本当にこんなところでするわけにもいかない。

「ふふ、冗談だよ」

「……もう。覚悟したのよ?」

 冷静なふりをしようとしてるんだけど、私の顔を見られてなくて、蓉子は目を反らしてしまって。

「蓉子、かわいい」

 食べちゃいたいぐらいに。

 この際、本当に押し倒してしまっても後悔はなかったんじゃないのか。

「それにね、聖」

 表情を引き締めて、蓉子が私の目をじっと視る。いつもの蓉子に近づこうとしてるんだろうけど、なんか違う。どこかと言えば。

 ――悪戯っ気?

「いつもそうやって誤魔化そうとするのは良くないわ。少し教育的指導が必要だとは思わない?」

「え、あの、蓉子さん……んっ」

 身構えるより早く唇を奪われる。

 気の遠くなるようなおぼろげな感覚に囚われてしまっている間に、蓉子の指が、私のセーラー服のファスナーを上げていく。

 こんな所で脱がせて、何をしようというのか。

 いや、決まっている、決まっているんだけど――。

 唇が離れても、私はぽうっと浮ついたままで。

「聖。気分はどうかしら?」

「その……蓉子?」

「なあに?」

 その声には、すごく楽しんでいる響きが含まれていて、それだけで思わず背筋が震えそうだった。

「本気、なの?」

「冗談に見える?」

「いいえ」

 きぃ、と部屋の外から何かの音がした。

「待って」

「何? 今更やめてなんて言っても聞かないわよ」

「でも、部屋の外からなんか今、音が……」

 蓉子が小さく頷いてから、扉に向かって叫んだ。

 

「江利子? そこにいるんでしょう!?」

 

                    *

 

「バレてたか」

「見てたな」

 江利子に見られていたなんて、不覚もいいところだ。

「いつからそこにいたの?」

「蓉子が部屋に入っていった直後あたりかな」

「本当に最初ね……」

「だって聖さんを蓉子さんが追いかけてたのよ? だったら、私だって放っておいてあげるわけにはいかないじゃない」

「蓉子は私を追いかけてた……?」

 聖が呟いてから意味を考える。その合間に、蓉子の瞳がうっすらと潤んでいく。

「追いかけていたわけではないのよ。本当に」

 蓉子の声が上ずっている理由だって、聖としては追求してみてもいいのだけれど。

 とりあえずは、このままでいいんじゃないのかな。

「はいはい。それで、続きはしないの?」

 江利子がそう言うと同時に、彼女のトレードマークのおでこへと、二人のチョップが同時に降り注ぐ。

 薔薇の館の陽は、まだ傾いてさえいない。



    終。  




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