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ふたりのシーサイド

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 その次の金曜日の夕方だった。またしても唐突なメールが携帯を揺らす。

『先週のお詫びも兼ねて。M駅南口、一一時』

 ただし、今度は江利子でなくて聖から。送信先は私だけ。江利子には別に送っているのかどうか。

 

 待ち合わせの時間になったけれど、江利子の姿も聖の姿も現れない。

 とりあえずどこにいるかメールで聞こうと思って携帯電話を開けば、ちょうどメール受信中のタイミングだった。

『バスのりば七番』

 バスでどこに行こうというのやら。

 そう思ってバス停に向かうと、バスのかわりに黄色い軽自動車が止まっていた。まばらなバス待ちのお客さんに、冷たい目線を浴びつつ。

 運転席にいたのは、無論聖である。私の姿を見て、軽く手を挙げて言う。

「蓉子。久しぶりー。さ、乗って乗って」

「聖。ここ明らかに止まる場所じゃないわよね」

 路上駐車でもいいから、もう少しマシな方法はなかったのか。

「んー……私でさえも視線は感じるねえ。なればこそ乗っちゃってよ。それとも恥ずかしがる蓉子を見せてくれるのかなー?」

「行って」

 軽口はスルーして、助手席に乗り込みドアを閉める。その途端に、車は勢いよく滑り出す。

「よし」

「ん、二人だけなの?」

「そうだね。たまには良いでしょ、二人きり?」

「ん、そうね」

 江利子がいた方が賑やかは賑やかかもしれないが。

 それにそもそも、この車は二人乗りだった。

「どこか連れてってくれって言い出したのは江利子なんだよ? でも、昨日急に山辺先生とデートが入った、ってメールが来てさ」

 ん、それは何だかおかしいような。先週だって山辺先生は来られなかったけど。

「山辺先生は土曜の午後もお仕事だ、って先週江利子が言ってたわよ?」

「あれ。じゃあ、今週に限って山辺先生が暇になったのかなあ」

「……そうね、たぶん」

 先週会った時の何か企んでそうな表情と言葉を思い出すに、もしかして江利子は――――私と聖を二人だけにしようとしてはいまいか。

 江利子め。江利子めっ!

「江利子、本当にスッポンみたいになってるねー。出任せだったのに」

 スッポンというよりは越後屋って感じだ。お主一人が悪なわけだけど。

 それはさておき。

「どこに行くの?」

「内緒よ」

 人差し指を口に当てて言うのは良いけど。

「聖。ちゃんと着けるんでしょうね?」

「心配なさんな、っての。どうにかするよ」

「……任せてみましょうか。ところで、それ」

 さっきから、運転席で一つばかり気になってたランプが。

「なーに?」

「ガソリン切れかかってない?」

「およ。良いこと言うじゃん!」

 前途が不安でならない。

「本当にちゃんと着くのね?」

「着くって着くって! 蓉子が寝ててもちゃんと行けるんだから」

 調子の良い言葉を信じられるかと言えば、あんまりアテにならないというのが正直なところだけど。

「……そう。じゃ、やってみるわね」

 目覚めた時にどこに送られてるやら。分かったものじゃないけど、文句は起きてから言えば良いか。

 ゆっくり目を閉じる。

「おやすみ、蓉子。寝顔、携帯に撮り溜めておくね」

 そんなこと、してくれないくせに。

 

                    *

 

 橋を渡る時の揺れで、薄い眠りから覚めた。

「あ、起きちゃったか」

「……どこよ、ここ」

「内緒」

 一時間と少しぐらいだけど、私が眠ってる間にだいぶ郊外まで来たらしい。空が幾分広い。

 信号に引っかかって車の流れが止まる。聖が私の方を見て言った。

「ところで、蓉子ー」

「なに?」

「お腹空かない?」

「そうね……どこか入る?」

「じゃ、次に道のこっち側に見えたトコで」

「いいわ」

 看板にチラッと見えた地名。……湘南の方か、これは。

 

 一番最初に現れたファミレス。席につくなり、聖が言った。

「そういえば、先週江利子と会ったんだよね? 江利子どうしてた?」

 いきなり江利子の近況の話なのか。

「どう、ねえ……基本的にはさして変わってなかったわね。山辺さんの話ばっかりしてたけど」

「へえ。何か進展があったの?」

「いや、進展がないって嘆いてたわ」

「あっはっは、あの二人らしいわ。江利子から何かしなきゃ、あのままだろうねー」

「同感ね。聖はどうなの、最近?」

 まあ、あまり変わったようには見えないけど。

「私? 元気だよ、見ればわかるじゃん」

「そうでなくて」

「冗談よ。そうだねー。最近、かあ……名前がすごい似てる子と仲良くなったぐらいかな」

「なんて言うの?」

「カトーケイ」

「……確かに凄いわ」

 ローマ字で書いたらSとKの違いだけじゃないか。

「性格は似てないんだけどねー。ちょっと世話焼きなぐらいだし」

「何となく、読めたわよ」

 聖のアバウトさを見てて、なぜか放っておけなくなってしまうタイプなんだろうな。丁度私のような。

「ああ、そっか。景さん見てるとなんか落ち着くと思ったら、蓉子に似てるのか」

「その人も苦労してるんでしょうね」

「へへぇ、察しの良いことで」

 口ではそう言うけれど、悪びれた感じもなく笑う。反省は一切なさそうなところが、かえって気持ち良い。

「相変わらずね」

「蓉子もね。蓉子は私みたいな人に会ったりしてないの?」

「そうね……あんまりうちの学部には来ないんじゃないの、聖みたいな人?」

「ああ、確かに。ちゃらんぼらんな法律屋さんのお世話にはなりたくないね」

「自覚はあるのね」

「そりゃあ、蓉子さんにさんざん言われてきましたからねえ」

 別に言いたくて言ってるわけじゃないんだけど、ね。

 

                    *

 

「うーん……おかしいんだよなー」

 再び車に乗り込んでしばらくしてから、聖が言った。割と嫌な予感がする。

「どうしたの?」

「そろそろ鎌倉とか着いても良い頃だと思うんだけどな」

「聖。……たぶん、道全然違うわよ」

 位置関係を鑑みるに、今まさに鎌倉から逆走し続けている気がする。

「マジで? うんうん、道理でなんか知らないところを走ってると思った」

 聖が納得している間にも、時速八十キロでどんどん目的地から離れていく。

「もう少し早く気づいてよ」

「まあまあ、時には迷うのも大事ってことで」

 適当なことを言われたところで、目的地が近づいてくるわけでもなく。

「それで。どこに行きたいの?」

 扉の内側に道路地図が置いてあったのがせめてもの救いだ。開かれた形跡はあんまりないけど。

「とりあえず逗子へ。そしたら分かると思う」

「逗子ね。とりあえず海沿いに出た方が……いや、土曜の海沿いなんて渋滞してるに決まってるか。まずこの道を引き返した方が良さそうね」

「分かった。蓉子がいれば、もう絶対迷いようがなさそうだわ」

 聖が諦めたような表情で笑う。

「ええ。迷わせてあげないわ」

 期待には、応えねばなるまいよ。



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